良縁-その先の人生を見つめて

第6章 三十五年の歴史の重み ― 父、宮原嘉寿のこと

大手の参入をきっかけに起こった“分裂”

父は新しいものが大好きでした。コンピュータがまだ普及していないころは、手作業でファイリングをしていましたが、その方法も工夫し「この方法が機械化されれば便利になるよ」とよく言っていました。理論的には、同じことをやっていたわけです。
そんな父ですから、日本にオフィスコンピュータが入ってきたときに、ずいぶん値段は高かったのですが、真っ先に取り入れました。当時はまだまだ情報処理も遅く、検索するにしても現在よりはるかに時間がかかりました。私も父といっしょにデータをインプットしたのを手伝った記憶があります。でも、コンピュータ化してからは、手作業より検索がずっと容易になり、業績もアツプしました。

けれども一方で、コンピュータを使った結婚情報型の大型産業が参人しはじめたのもそのころです。システムは私どもとは違うのですが、“結婚”を目的とするところは同じですから、一般の人には同じに見えます。加えて、大きな企業は資本がありますから、宣伝力があります。私どもの支部も東京から名古屋、大阪へと広がっていき、そのころには千五百を超えるようになっていましたが、大手の参入に危機感も持っていました。そこで入会金を下げるなど、大手に対抗する手段をとったのですが、これが裏目に出て一部の仲人さんが分派することになってしまいました。分派した仲人さんたちは別会社を作って「仲人連合会」という名をつけたのですが、これは類似商標ですからすぐに弁護士を通じて差し止めてもらいました。その後、別の名前で活動していらしたようですが、いつのまにか消滅してしまいました。
父はそういうときも強気でしたが、やはりこたえたのだと思います。その時に一気に白髪が増えました。でも、このときも「裏切るよりは、裏切られたほうがいい」と言っていて、これは父の持論でもありました。
大手が参入してきたのは悪いことばかりではありません。お見合いがビジネスとして一般的に広く認知され、それに対してお金を払うことに対しての抵抗感をなくしたわけですから、ある意味ではありがたかったのです。私自身、小学校のころ「お父さんは何の仕事をしているの?」と聞かれて、当時は説明するのがたいへんで、めんどうくさいと「情報サービス」と答えていたくらいです。今、私の子どもたちは学校で同じことを聞かれても「結婚相談所」と答えれば、それで通じます。
長い期間事業を続けていれば、良いこともあれば悪いこともあります。分裂した後はお陰さまで順調に業績は伸びていますが、一度こういう形でつまずいたことは、そこで学んだことも多く、長い目で見ると良かったと思います。