良縁-その先の人生を見つめて

第6章 三十五年の歴史の重み ― 父、宮原嘉寿のこと

父の話を楽しみにしていた仲人さんたち

仲人さんたちからも、父は絶大な人気がありました。話し好きでしたから、その話を楽しみに定例会に出席なさっていた仲人さんもたくさんいらっしゃいます。集っているメンバーの雰囲気を読み取って、くだけた話から高尚な話まで臨機応変に水を飲みのみ話します。会が長くなり、そろそろみなさんが退屈したころに父が話すと、場を和らげ、会を盛り上げることができました。
今でも時々仲人さんたちから「そういえば、会長はこう言っていたわね」という声がたびたび聞かれ、父の言葉は仲人さんたちの中に生きているんだなあと感じることがあります。
いろいろなことに興味を持ち、先見の明があった父は、四十五歳でこの仕事を始めてからは寄り道せずにこの道一筋でした。弁護士をめざしていたときの実体験から、「弁護士の仕事は結局和解させてしまうから、どちらにも痛みが残ってあまり感謝されることはない。でも、結婚相談所は決まればみんなに喜ばれる仕事で、『寿』と書かれたお金をいただくことができる仕事というのはめったにないんだよ」とよく言っていました。その言葉は、父なりの経験から感じ取ってきたもので、そうした気持ちが原動力になって、連合会を業界最大規模の組織に成長させたのだと思います。
父は平成十二年に七十六歳で充実した生涯を終え、その年の五月に三十年以上にわたる功績に対し、紺綬褒章をいただきました。